
「犬の受診理由の上位に耳の疾患があり、その代表格が『外耳炎』です」──こう話すのは、長野県の本郷どうぶつ病院で院長を務める山岸建太郎先生です。
外耳炎は人でもみられるため、耳に炎症が残る病気であることは想像できても、犬に非常に多いという事実は意外に知らない飼い主さんも多いのではないでしょうか。
犬の外耳炎を治すには早期に察知して獣医師による治療を始めることが重要なため、日ごろ愛犬を観察している飼い主さんの役割が大きい、と山岸先生はいいます。どこに注意すれば外耳炎のサインに気づけるのか、また、動物病院ではどのような治療を行っているのか。山岸先生と、実際に外耳炎を経験した柴犬・カイくんの飼い主さんにお話しいただきました。

柴犬・カイくん

山岸建太郎先生


─ はじめに、カイくんの異変に気づいたときの様子をお聞かせください。
カイくんの飼い主さん(以下、飼い主さん):
この子が6、7歳のころでした。それまで耳の病気は経験がありませんでしたが、ある日、耳が痒そうにしていると気づいたのが始まりです。最初のうちは片耳のほうに顔を傾ける程度でしたが、少したつとその耳をしきりに掻くようになりました。ピンと立っていた耳が垂れてきて、頭を繰り返し振っているため、だんだん心配になってきて・・・・・・。そばに寄ると耳のあたりから少し臭いがして、ティッシュで中を軽くふいただけで真っ黒になったので、これは普通じゃないと判断して、いつもお世話になっている山岸先生の病院に連れて行きました。
山岸先生:
カイくんの様子を伺い、おそらく外耳炎だろうと見当を付けて、耳の状態を詳しく診察しました。飼い主さんが日ごろからカイくんをよく観察していたからこそ、すぐに異変を察知できたのだと思います。


─ 犬の外耳炎にみられる症状の傾向や、柴犬という犬種と外耳炎の関連性について教えてください。
山岸先生:
犬が外耳炎を発症するとき、その背景には必ず基礎疾患が存在します。代表的なものは犬アトピー性皮膚炎です。カイくんにもこの病気がみられたので、外耳炎と併せて治療を行いました。
飼い主さん:
耳に何かトラブルが起きているとは思っていましたが、先生の説明を聞くまで、まさかアトピーだとは思いもよりませんでした。
山岸先生:
柴犬はもともと、犬アトピー性皮膚炎の好発犬種です。専門家以外でも、柴犬の飼育経験が豊富な飼い主さんたちの間ではよく知られた事実ですが、案外ご存知ない方も少なくありません。柴犬は外耳炎を併発することの多い犬アトピー性皮膚炎にかかりやすいのですから、外耳炎にもかかりやすいといえると思います。

カイくんの飼い主さん


─ 外耳炎のサインを見逃さないために、飼い主さんはどのような点に注意すればよいのでしょうか?
山岸先生:
カイくんの飼い主さんも気づかれたように、一番多いのは耳を掻く行為です。後ろ足で耳やその周りをカリカリと、勢いよく掻くことがあります。ほかにも、何度も頭を振ったり、外耳の一番外側にあたる耳介が垂れ気味になっている場合は、外耳炎による痒みが原因である可能性が高いです。そもそも、垂れ耳の犬種は耳介の変化を識別しづらいかもしれませんが、逆に、立ち耳がチャームポイントの柴犬ならば一目で違いがわかると思います。
一口に耳を掻く行為といっても、一体どれくらいの頻度までなら正常で、どの一線から異常なのか、飼い主さんは判断に迷われることでしょう。子犬のころからたまに見せる軽く耳を掻く程度の行為であれば、私たちが無意識に体を掻くのと同様に問題はないはずです。しかし、最近明らかに掻く回数が増えたとか、短い間隔で何度も繰り返しているようなら、痒みが強くなってきた証拠と考えられます。そうした急な変化を見逃さないことが大事です。
飼い主さん:
私の場合は、カイの耳の臭いも病気を疑う決め手になった気がします。少しジクジクしている耳の内側からの強い臭いが印象に残り、これは放っておけないと思いました。
山岸先生:
おっしゃる通り、独特の脂っぽい臭いがすることがありますね。臭いは外耳炎だけでなく、例えば歯周病がみられる口からも臭いがしますが、外耳炎と歯周病では臭いの性質が異なるため、慣れてくると発生源が耳か口か、嗅ぎ分けられるようになります。
もう1つ注意したいのが、「耳垢」です。耳垢があるだけでは、ただちに異常とはいえませんが、問題なのは耳垢の量です。カイくんの飼い主さんはしっかり観察されていましたが、ちょっとふいただけで耳垢がたくさん付いてくるようなら、明らかに耳垢が増えているため、外耳炎の影響とみてよいでしょう。
要するに、その犬が健康なときの状態をよく知っておくことが重要です。それさえできていれば、耳に限らず、あらゆる異常に早く気づける可能性が高まります。日頃から、普段のお手入れを通じて全身のあちこちをチェックするのが一番ではないでしょうか。



─ カイくんの外耳炎治療では、飼い主さんが自宅で薬を与えることもあったそうですが、実際に体験してみていかがでしたか?
飼い主さん:
はじめは塗り薬と飲み薬を処方していただき、飲み薬のほうは今も継続していますが、塗り薬はかなり苦労しました。いざ塗ろうと思って私がチューブを手に取ったことに気づくと、カイがサッと逃げてしまいます。仕方なく、追いかけて捕まえ、首を固定した状態でどうにか塗っていました。塗っている最中はおとなしくしていますが、始めるまでが大変でしたね。

山岸先生:
薬を見せると逃げてしまうのはカイくんに限った話ではなく、多くの飼い主さんが抱える共通の悩みです。外耳炎の治療には点耳薬がよく使われていますが、耳の奥まで届かせるのは獣医師でも難しいため、自宅で無理に続けると、犬と飼い主さんの双方に多大なストレスがかかってしまいます。
飼い主さん:
先生には、自宅での投薬がうまくできるように配慮していただきました。ですが、私が塗った薬はおそらく、本当に痒いところまで届いていなかった気がします。指を耳の奥まで入れるのが怖くて、縁の辺りに塗るのがやっとでした。塗り終えた後もカイが時々首を振っていたので、私の塗り方が不十分だったのだと思います。


─ カイくんに外耳炎治療薬「ネプトラ®」の点耳を始めた経緯について教えてください。
山岸先生:
私は耳の薬を使うとき、どの飼い主さんにも前もっていくつかの質問をします。どれくらい投薬に慣れているか、点耳の経験はあるかといった内容です。質問した結果、塗り薬でも点耳薬でも問題なく扱えそうなら、自宅で1日1回使用するタイプの薬で治療を始めてよいでしょう。逆に、もし毎日の投薬に不安があるなら、診察中の1回の投薬で効果が約1カ月続くネプトラ®のような持続型の点耳薬を選択することで、飼い主さんの負担を軽くできます。話を伺わずにこの薬を使ってくださいとただ伝えるだけでは、塗り薬をどう塗ったらいいのかわからないとか、犬が嫌がって暴れるから怖いとか、飼い主さんの事情で投薬が滞り、治療の遅れにつながってしまうかもしれません。
カイくんの場合、飼い主さんの飼育経験に応じて塗り薬と飲み薬でスタートしましたが、自宅で塗り薬に苦戦していると伺ったので、同意をいただいた上で、次の方法として病院でネプトラ®を点耳することにしました。
─ 飼い主さんは「ネプトラ®」による月1回の治療をどう思われましたか?
飼い主さん:
先生がお薬を投与してくださるので安心ですし、カイは痒みがピタッと止まったように、痒がるしぐさも首を振ることもなくなりました。耳の中もきれいな状態になり、私が家で塗り薬を塗っていたときよりも、はるかに効果を実感できました。お薬の違いもあるとは思いますが、先生のおかげでお薬が痒いところまで届いたのがよかったのだと思います。
山岸先生:
飼い主さんから、薬を塗るとキャンと鳴くような状況だったとうかがい、耳に痛みや強い炎症があるのではないかと心配しました。もしそうならば、長時間作用して、かつ炎症を抑える効果が高いステロイド含有の薬で早く治したほうがよいと考えたのもネプトラ®を採用した理由でした。



─ ステロイドに抵抗を覚える飼い主さんも少なくないと思いますが、先生はステロイドを使うとき、どのように説明していますか?
山岸先生:
ステロイドの使用で大切なのは、使うべき適切なタイミングを見極める、ということです。私はそのことを患者さんに説明するとき、よく火事に例えてお話しします。火の手が上がって今まさに激しく燃えているときは、原因が何であれ、とにかく消火を急がなくてはなりません。炎症も同じで、強い炎症が起きているときは、強力な薬で早く抑えてしまったほうがよい。しかし、火事はいったん鎮圧に成功しても、油断しているとまた燃え出すことがあります。外耳炎にも背景に犬アトピー性皮膚炎などの基礎疾患がありますから、放っておくと危ないわけです。カイくんの場合も、初期の状態で強い炎症がみられたため、一気にドンと炎症を抑えるために抗炎症作用の強いステロイドを使いました。

普段飼い主さんたちと接していると、実のところ、ステロイドに抵抗がある方はそれほど多くないと感じます。それでも、いろいろな情報に触れて不安になったり、過去にステロイドが原因でトラブルを経験したりした場合、抵抗があるのも十分に理解できます。ステロイドは決して気軽に使用してよい薬ではありませんが、だからといって、怖い薬ではありません。火事で例えたように、要は使い方次第です。「ネプトラ®の投薬は月に1回だけと決まっているため、きちんと計画性をもって使います」と飼い主さんにお伝えし、納得いただけた場合にのみ使用しています。


─ 犬の外耳炎治療を順調に進めたあと、再発防止につなげる上で大切なポイントを教えてください。
山岸先生:
カイくんを例にお話しすると、今の耳の状態は投薬によって外耳炎の症状が落ち着きつつある感じなのですが、まだ基礎疾患があるため、本当の意味で健康な耳であるとはいえません。炎症が治まってきている今の状態を維持するには、犬アトピー性皮膚炎の治療を継続する必要があり、カイくんにはそのためにJAK阻害薬を飲んでもらっています。これで炎症が落ち着いていればよいですし、もし再発するようなら、薬を変えるなど、次の治療や管理方法を検討していくことになります。
つまり、ポイントは、外耳炎と犬アトピー性皮膚炎の両方を治療しなければならないということです。耳は耳でしっかりケアしつつ、耳の状態がよくなっても、犬アトピー性皮膚炎の治療をおろそかにはできません。外耳炎の再発予防に向けて耳の観察を続けながら、基礎疾患の治療もしっかり行うことが大切です。



─ 最後にカイくんと飼い主さんが経験したように、愛犬の外耳炎に悩む飼い主さんたちに向けて、メッセージをお願いします。
山岸先生:
まず知っていただきたいのは、犬にとって耳の痒みとその他の皮膚の痒みを比べた場合、耳のほうがずっとつらいということです。実は人も同じで、耳の病気になるとうつ病を発症しやすいというデータもあります。愛犬と接していて、一見たまに耳を掻いているだけのようでも、もしかしたらその不快感は一日中続いているのかもしれません。だからこそ、少しでも異常に気づいたら早めに病院を受診していただきたいと思います。耳に関して、ただ様子を見ることはお勧めできないですね。
飼い主さん:
私はたまたまカイの様子がおかしいと思い、あれこれ迷う前に先生に診ていただいたので、結果的に治療を早く始められてよかったです。
山岸先生:
飼い主さんがすぐに気づいてくれて幸いでした。犬は人よりも耳の病気にかかりやすいので、ちょっとでもいつもと違うようなら、外耳炎などの可能性が高いと思ってもらいたいです。
飼い主さん:
「異変を見逃さないためにも、毎日の観察を欠かさないこと、何か気になったらすぐに獣医師の先生に相談することの大切さをあらためて実感」しました。自己判断にばかり頼っていてはだめですね。
山岸先生:
もう1つ付け加えると、犬が投薬を受け入れられるよう、実際に病気にかかる前に、普段からなるべくトレーニングをしておいてもらいたいと思います。どうしても点耳ができないといった場合はしかたがありませんが、飲み薬でも塗り薬でも、少し慣れておくことができれば、いざというときに治療がとても楽になります。治療がきっかけで愛犬と飼い主さんの関係を悪くしないためにも、投薬の訓練を兼ねた日常のコミュニケーションを考えてみてください。
ちなみに、「病院に来るたびに暴れて十分な治療ができない子には、抗不安薬を与える方法」もあります。事前に抗不安薬を使っておけば、病院での治療や検査をすんなり受け入れてくれることが多いです。いつも暴れるため病院に行くのがストレスになっている飼い主さんもいらっしゃると思うので、気軽に相談してほしいですね。


